本のスジ

「本のスジ」を考えるうえでは、小説や詩、エッセー、実用書、啓蒙書、論文、教科 書などの表現形式も、大事な要素になっています。例えば「寒いな」と誰かが言ったとします。言葉の論理的な意味は、気温の低さを感じていると いうだけです。しかし、発言の状況に応じて「窓を閉める」という命令だったり、「コートを着て いったほうがいいかな?」という質問だったり、「夕食は鍋物にしよう」という判断だったり、あ るいは「おまえのギャグはいつもつまらないから、番組から降ろす」という宣言だったりするかも しれません。 何かの発言があった場合、その言葉を単体で取り出しても意味は決定しません。意味はコンテキ スト(文脈)によって決まります。「寒いな」が命令だとしたら、二人の聞にはそういう命令を下 せる関係が コンテキストが存在していることになります。そしてその知識は、言葉が発せられる背景として二人に共有されているはずです。 言葉には、必ずその言葉の意味を示す「ラベル」のようなものがついています。ラベルは声のト ーンだったり、身振りだったり、発言の状況だったり、そもそも発言すること自体だったりしますが、セリフとして文字に起こしてしまうと失われてしまうものがほとんどです。 どのような形式であれ、メタメッセージは「ものの言い方」として必ず言葉のやりとりについて 回ります。コミュニケーションには必ずメタメッセージがついています。というより日常的なやり とりはほとんどがメタメッセージでおこなわれるといっていいでしょう。会議や講演会など公式の 場面ではメタメッセージのやりとりは控えめになり、メッセージ(言葉の論理的な意味)が重視さ れます。他方、親しい聞のコミュニケーションほど、メタメッセージのやりとりの量は多くなりま す。

例えば夫婦げんかなどは、「何を言ったか」より、「どう言ったか」で始まる場合がほとんどで す。このようにメタメッセージの役割が大きい場合、コンテキストへの依存度が高いという意味で 「ハイコンテキスト」だといいます。 本のような書き言葉のメディアにも、話し言葉ほど豊富でないにせよ、メタメッセージが含まれ ています。次に述べる「本のスジを見抜く方法」は、いかにそのメタメッセージを受け止めるかと いう技術です。文章に書いてしまえばあまりに当たり前で、わざわざ説明するまでもないように感 じますが、普段自分の得意分野では無意識にできることでも、それ以外の分野では途端に機能不全 に陥ることがあるので、あえてここで言語化してみました。